【アドラー×教育】宿題忘れを叱らない!?

【アドラー×教育】宿題忘れを叱らない!?

 

 

 今回は「宿題忘れを叱らない」という考え方について紹介していきます。

まず大前提に私は、宿題忘れを推奨しているわけではないということです。

私はこの記事をご覧の先生方と同じように、クラス全員が宿題を毎日しっかり持ってきて欲しいと願う教員の1人です。

は、なぜそんな中で宿題を忘れても叱る必要がないのか。

それにはアドラー心理学の【課題の分離】という考え方が関わってくるのです。

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「嫌われる勇気」、「幸せになる勇気」の2部作をお読みください!

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以下で詳しく解説していきます。

本記事の内容

・課題の分離という考え方

・誰の課題か見分ける方法

・課題の分離を手に入れた後の思考法、行動法 

・まとめ

 

課題の分離という考え方

まず、この記事の根幹に関わる「課題の分離」という考え方について紹介していこうと思います。

「課題の分離」とは、自分以外の他者の課題に介入しないということです。

ここで挙げられる他者の課題を学校生活で考えると、忘れ物、遅刻、字が汚い、喧嘩、成績不振、マナーの欠如、低い道徳性など様々なことが挙げられます。

そして、学校ではしばしば教師が他者(子ども)の課題に介入している場面を多く見かけます。

例えば、忘れ物をした子に対して大きな声で叱る、遅刻をした子に理由を問いただして注意を行う、字が汚い児童のノートに赤を入れて何回も何回も書き直させる、マナーが悪い子どもを立たせて罰を与える、といった具合です。

これは、はっきりいって、子どもの課題に対して教師が介入しすぎなのです。

こういった行為を熱心に行なっている教師ほど職員室や飲み会の場で「うちのクラスは忘れ物をする子が本当に多くて困っている。」「〇〇くんと△△さんが、先週は3回も喧嘩してさ、対応に大変だったよ。」と愚痴をこぼしているのをよく見かけます。

自分から他者の課題に介入し、自分の悩みやストレスを増やす。

これははっきり言って、自分に苦行を課しているような思考、行動だと私は考えます。

だからこそ、他者、つまりは子どもの課題は、自分の課題とは別であると強く認識し、分離する必要があるのです。

誰の課題か見分ける方法

 

では、目の前の課題が自分の課題なのか、他者の課題なのかは、どうやって見分ければ良いのでしょうか。

この方法は簡単で、目の前の課題が課題のままであったときに、最終的に責任や被害を被るのは誰なのかということなのです。

ノートを忘れたから自由帳に算数の問題を解く子、遅刻をすることに抵抗感がなくなり遅刻が常態化した子、字を集中して書いても汚いまま大人になった子、世間一般で身につけるべきマナーを習得しないまま大人になった子、これらの子どもが将来的に被るマイナスな面の責任を負うのは間違いなく子ども本人であるはずです。

だから、目の前で課題と思われる場面に出くわした時には、その課題を突き詰めた先には自分がいるのか、相手がいるのかを考えて判断してください。

そこに教師や親が介入しすぎると、「親の育て方がいけないからこうなったんだ」「〇年生の時の先生の教え方が下手くそだからできないんだ」と子どもが自分の課題を他者のせいにするようになります。

だからこそ、目の前の課題の最終的な責任が他者にある場合には思い切って、気持ちを分離して考えましょう

 

課題の分離を手に入れた後の思考法、行動法 

ここまで読むと、

教育の丸投げじゃないか、

そんな考え方で子どもが良くなるはずないだろ、

自分の指導力の無さを棚に上げて放置じゃないか、

といった声が聞こえてきそうですが、「課題の分離」をすることと「放置」は全く違います。

放置とは、対象となる相手が何をしているのかも分からない、無関心といった意味ですが、

課題の分離とは、相手がどんな状況かも把握しているし、相手に求められた時には援助する気持ちがあるということを伝えられる関係です。

具体的な例を交えて紹介しましょう。

子どもが図工で必要な絵の具セットを忘れた時

課題の分離ができていない教師

子「先生、絵の具セットを忘れてきゃいました。」

先「なんだって!? 絵の具セットのことは、学年便りに持ち物として書いてあっただろ!連絡帳にも書かせたし、昨日の帰りの会の時には、先生が明日は絵の具セットが必要って話もしたじゃないか、なんで君はこんなに書いたり、聞いたりしているのに忘れ物するんだ、信じられないぞ、ふざけるのも良い加減にしろ!」

となるわけです。みなさんも1度はこんな風に怒ったことがあるのではないでしょうか。かくいう私も初任の頃などは、このように厳しく怒ることが目の前の子どものためだと思ってこういった指導をすることがありました。

 

課題の分離ができている教師

子「先生、絵の具セットを忘れてきゃいました。」

先「そうですか、それは困りましたね。忘れたことは仕方がないとして、図工の授業までに何かできることはありますか。

子「事前に図工の〇〇先生に忘れたことを伝えて、今日は図工室の予備が借りれるかどうか聞いてみます。」

先「分かりました。では、そうしてみてください。もう一つ、今後同じようなミスを繰り返さないためには、どんなことができそうですか。

子「学校に行く直前に準備をすると慌てて忘れ物をしてしまうので、今度からは帰ってすぐに次の日の準備をしてから宿題をしたり遊びに行ったりするようにします。」

先「分かりました。それで忘れ物が減ると良いですね。」

となります。

前者では、教師のストレスは溜まり、児童は注意をされて萎縮したり反感をもったりしそうですが、

後者では、教師も児童もいがみ合うことなく、その場を終えることができています。

大切なことは子どもの課題に介入せず、子ども自身に自分の課題に向き合ってもらい、これからどうするのかを考えさせる、そして教師はその行動・思考の援助をすることです。

もちろん、子どもに自分で考えさせても解決策が出てこないこともありますが、それは、子どもが知らない、自信がないといった可能性が考えられますので、こちらから選択肢を提示して、子どもに選んでもらう方法も有効です。

 

まとめ

これらを踏まえて、タイトルの宿題を忘れた子を叱らなくていいを読み返すと、どんな解釈できるでしょうか。

宿題をやってこないことによる

かけ算の筆算の仕方が習熟されない、

覚えるべき漢字が身につかない、

はっきり大きな声で音読するスキルを習得しない、

などの課題は間違いなく目の前の児童の課題であると言えます。

そこで、ズカズカと子どもの課題に介入して、叱ったり、目の前で宿題を連絡帳に書かせたりしてはいけません

我々教師にできることは、宿題を忘れた子に対して、叱るでもなく、褒めるでもなく、課題の分離を行なった上で、その子の問題とどう向き合っていくか、どうすれば目の前の子どもが自分の課題と向き合ってくようになるかを考えることが求められるのです

課題の分離という考え方については、私もまだまだ修行中の身です。

この記事でお話できなかった部分も多数ありますので、気になった方は今後の記事を楽しみにお待ちください。

それでは今後も、スマートな教員を目指していきましょう!

   

 

では、また。次の記事で  Thank you

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