【アドラー×教育】子どもの問題行動に「なぜ?」と聞いてはいけない!?
今回は「原因論から目的論へ」という話をしていきます。
この考え方は、アドラー心理学の目的論という考え方の1つです。
ベストセラー「嫌われる勇気」、「幸せになる勇気」という本で紹介されている
目的論という考え方を学校教育に落としこみ、目の前の子どもの問題の原因は何か?と考えるのではなく、
目の前の子どもの目的は何なのだろうか、という考え方にしていくというものです。
以下で、私の体験した具体例なども交えながら解説していきます。
本記事の内容
・学校現場における、原因論から目的論
・目的論を教師に当てはめると
・まとめ
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目的論、原因論という考え方
まず始めに、目的論とは、人は必ず何かしらの目的をもって行動しているという考え方です。
一方で原因論とは、人の行動はその人の過去に起きた原因に突き動かされるものという考え方です。
私の愛読書である「嫌われる勇気」では原因論と目的論の分かりやすい事例として、こんなエピソードが紹介されていました。
例:自宅の部屋に引きこもりになった人
原因論的考え方
引きこもりになった原因は、幼少期の頃に親からの受けた虐待である。虐待されたことが原因(トラウマ)として、今は部屋の中に引きこもっている。
目的論的考え方
引きこもりになった目的は、家に引きこもることで、社会との繋がりを断ち、働くことや社会の中での人間関係の中でのストレスに晒されたくない。だから部屋の中に引きこもっている。
また他にも、赤面症(好きな人の前に行くと顔が赤くなってしまう症状)が原因で意中の人に告白できない女性は、告白することで意中の人にフラれる、相手との関係が変わってしまうことを恐れているという目的があるということでした。
どうでしょうか。同じ部屋の中に引きこもっている、告白ができないという問題も原因と目的に分けて焦点を当てると見方が大きく変わったのではないでしょうか。
親から虐待を受けたという原因があっても、前向きに仕事をしている人だって存在するはずだし、
赤面症という原因があっても、勇気を出して告白をして成功する人だっているはずである。
今の自分の目的が家に引きこもるや告白をしない、だからこそ原因として虐待や赤面症を持ち出して決断をさせることとなるのです。このことから、私は最近頭の中で
「同じことが過去にあったとしても全員が同じ行動・思考を取るわけではない、今の自分の行動・思考は今の自分の目的で成り立っている」
と何回も唱えるようにしています。
学校現場における、原因論から目的論
では、この原因論から目的論の考え方はどのように学校現場で生かされるのでしょうか。
考え方の根本にあるのは、「目の前の子どもは、どんな目的をもってこの行動・言動を行っているのだろうか」と考えることであると私は考えています。
具体例を元に解説します。
毎日読み仮名を書いてこない男の子
以前勤めていた学校の隣のクラスに毎日の漢字練習の宿題で、決められているはずの読み仮名を書いてこない男の子(A君)がいました。担任の先生はA君の漢字練習帳に読み仮名が書かれていないことを見付けると、A君を呼んでは読み仮名のことを声かけしたり、書き直させたりしました。
しかしA君はその後もたびたび読み仮名を書かずに漢字練習帳を出し続けました。
さて、ここで注目するのは、原因論的にA君はどうして読み仮名を書いてこないのだろうか、という問題の原因ではありません。
目的論的にA君が毎日読み仮名を書いてこない目的は何なのだろうかと考えることが大事です。
では、目的論に考え方をシフトすることで、具体的に何が変わるのでしょうか。A君は当時3年生でした。
3年生であれば、いや、たとえ1年生であろうと毎日声かけや書き直しを命じられていれば、その行動が悪いことだと分かっているはずです。
私はAくんの注意をされると分かっているのに漢字練習帳に読み仮名を書いてこないという目的を仮説ですが、
単にA君は担任の先生との接点をもちたかったのではないか、
と考えました。話を聞くと、A君は学級の中でもどちらかというと問題が多く、担任の先生からは褒められるよりも注意や叱られることで目立つことが多かったそうです。
それでもA君としては、無視をされることより、放置されることより、注意や叱責といった形でも担任の先生との関係を持ちたいと考えたのだと、私は推測しました。
なのでここで教師の取るべき行動は、読み仮名を書いてこないA君に対して、注目を与えないことです。
具体的には、読み仮名を書いてこないことには触れず、漢字の宿題以外のA君の行動・言動を認める、信頼しながら、A君の変容を期待せずに待つ。
その上でA君が読み仮名を書いてきた時にはありがとうと感謝を伝えるが有効であると考えます。
教師に目的論を当てはめると
そして、目的論という考え方は、我々教師や大人にも当てはめることができます。
クラスの子が教室内で走りながら鬼ごっこをしてる。
こんな場面を見かけたらあなたならどうするでしょうか。
おそらく多くの方が何らかのアクションを起こして、鬼ごっこをやめさせようとすると思います。
ただし、その時に大声で威圧する、怒鳴りつけるといった手段を取るのは、室内での鬼ごっこという原因ではなく、単に教師が大声を出して怒ることで、子どもたちを屈服、服従させたいという目的が隠れているのです。
これは私自身が自戒の念を込めて言いますが、もっともらしい言い訳をすることはいくらでも可能です。
「子どものためを思って怒ったんだ!」
「学校に来てるのにあんな態度を取るなんてあり得ない!」
といった理由で叱責をすることは容易に想像することができると思います。
ただし、これらも怒りたい、叱りたい、威圧したいという目的のためにいわば捏造された言い訳にすぎず、
同じことがあったとしても大声を出さずに諭すように話す先生もいれば、
自分の指導方法を見直し、学級全体の問題として休み時間後にルールを守る大切さや自律について子どもと一緒に考えていく先生だって何人もいるはずなのです。
最後に、もちろん目的論だけで説明がつかないものもいくつかあると思います。
突発的な忘れ物やケアレスミスなどが相当するでしょう。
ただし、これらも突発的、偶発的であることが重要で、忘れ物を何度もする、毎回のように同じようなケアレスミスをする子は、
その問題を起こす目的がどこかにあると考えるべきです。
まとめ
「原因論から目的論へ」という考え方、いかがだったでしょうか。
要点をまとめると、
人の行動は過去の原因から起こされるのではなく、今の目的によって決定される。
誰かの問題行動などに対面した際には他者の目的に関心を寄せる。
自分の行動も今の自分の目的によって決定していることを強く自覚する。
こんなところでしょうか。一朝一夕で身につく考え方でないことは、私自身が痛感しているところです。それでもここまで読んでくださった皆様の考え方の一助になれば幸いです。
それでは今後も、スマートな教員を目指していきましょう!
では、また。次の記事で Thank you
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