【アドラー×教育】劣等感を味方にすれば、無敵になれる。
今回は【アドラー×教育】劣等感を味方にすれば、無敵になれる。と題して
アドラー心理学における「劣等感」への向き合い方を解説していきます。
聞き馴染みのある劣等感という言葉、私自身で考えると
会計などの細かい計算が苦手、
板書の字が整わない
などの劣等感を枚挙することができますが、
皆さんも考えれば一つや二つくらいは劣等感というものをお持ちではないでしょうか。
しかし、そんな邪険に扱われがちな劣等感も考え方や捉え方次第では、
自分に味方する強力な武器になるのです。
今回の記事を通して、劣等感への正しい向き合い方を学ぶことができます。
それでは、さっそくいってみましょう!
全人類が共通してもつ、優越性の追求と劣等感
優越性の追求とは?
劣等感の理解をしやすくするために、始めに優越性の追求というキーワードを紹介します。
優越生の追求とは、「成長したい、上手になりたい、〇〇ができるようになりたい」
とった願望のことを指します。
本来、人は生まれながらにして、この優越性の追求というものをもっています。
自然な子育ての環境の中で、赤ちゃんが誰に教わることなく、
自らの足で立とうとしたり、言葉を話したりし始めることができるのは、
この優越性の追求というものが関係しています。
学校現場でも1年生が見よう見まねで平仮名や漢字を書こうとしたり、
授業中に子どもたちが学習事項を必死に覚えようとしたりする状況を
みなさんも体験しているのではないでしょうか。
このように、この優越性の追求とは、赤ちゃんから老人までがもつ普遍的な欲求なのです。
劣等感とは?
優越性の追求をしていく中で必然的に発生するのが劣等感です。
アドラー心理学では、劣等感とは自分に下す価値判断としています。
先に人間は優越性の追求という成長願望を普遍的にもつと述べました。
しかし、成長したい!向上したい!と思って練習や努力をしたところで、
それがすぐに結果として返ってこないのが人生の難しいところです。
こんな風になりたいという自分の未来像に対して、
今の自分の出来ていない部分に注目して、劣っているという価値判断を下す。
これが劣等感なのです。
しかし、この劣等感というものは成長する過程で必ず生まれるものであり、
劣等感それ自体は害ではありません。
後述で詳しく解説しますが、
むしろ劣等感とは味方にすることでとても心強い存在になるです。
では、どうして世間一般では、劣等感=マイナスなイメージで語られているのか、
それは、世間一般でいう劣等感とは、「劣等コンプレックス」という似て非なるものだからなのです。
陥ってはいけない2つの○○コンプレックス
劣等コンプレックスとは?
劣等コンプレックスとは、「自分なんてどうせダメ」、「自分なんかが頑張ったところで・・・」
と思ってしまうことを指します。
これは世間一般では劣等感と見なされそうですが、
この劣等コンプレックスと劣等感を混同してはいけないのです。
そもそもコンプレックスという言葉自体が、
「くせ毛なのがコンプレックスです。」や「運動が苦手なことがコンプレックスです。」
といったようにコンプレックス=劣等感という意味合いで使われがちですが、
それはコンプレックスという言葉の誤用です。
本来コンプレックスとは、複雑に絡み合った倒錯的な心理状態を表す用語なのです。
倒錯とは、さかさまや社会的規範から外れた嗜好や行動を示すもので、
母親や兄弟への異常な愛情をもつ
マザー・コンプレックスやブラザー・コンプレックス
などの使い方が正しいとされるでしょう。
そして、劣等コンプレックスとは「自分なんてどうせダメ」と思うこと、
と書きましたが、これは
AであるからBできない
という劣等感をある種の言い訳に使い始めた状態のことを指します。
学校現場における例としては
・経験年数が少ないから良い授業が行えない
・やることが多すぎるから仕事が終らない
・前任の先生の教え方が悪いから指導が通らない
・覚えるのが苦手だから漢字のテストで良い点数が取れない
・人前で話すのが恥ずかしいから大きな声で発表出来ない
・家庭環境が複雑だから宿題が提出できない
といった例が挙げられるでしょう。
いやいや、それは当たり前でしょ!この原因と結果はつじつまが合っているだろ!
と突っ込まれそうですが、
アドラー心理学ではこれらの因果関係を「見かけの因果律」としています。
見かけの因果律とは、
本来なんの因果関係のないところに、
あたかも重大な因果関係があるかのように自ら説明し、納得させてしまう、
ということを指します。
つまり、見かけの因果律とは、
雨が降ってきたから服が濡れた
朝ご飯を食べてないからお腹が空いてきた
といった因果律とは別種のものなのです。
やることが多すぎるから仕事が終らないといった主張に対しても、
アドラーは、それは本人が仕事が終らないということを求めている
という目的論の立場で「見かけの因果律」を退けるのです。
目的論という考え方についての詳しい解説は以下の記事をお読みください。
【アドラー×教育】子どもの問題行動に「なぜ?」と聞いてはいけない!?
今回は「原因論から目的論へ」という話をしていきます。
この考え方は、アドラー心理学の目的論という考え方の1つです。
ベストセラー「嫌われる勇気」、「幸せになる勇[…]
また、このAだからBであるという見かけの因果律の怖いところは、
裏を返せば、AさえなければBできたのだ、という主張を示唆しているところにあります。
例を引用して説明するならば、
・経験年数さえあれば、良い授業が行えた
・前任の先生の教えが良ければ、指導が通った
・覚えるのが得意であれば、漢字テストで良い点数が取れた
・家庭観環境が恵まれていれば、宿題を提出できた
となるでしょう。
目の前の現実を直視することなく、
もっと若ければ、もっと良い子ども達であれば、
もっと時間があれば、もっと仕事が減れば、本当の自分は優れているんだ、
などという妄想の世界に逃げ込んではダメなのです。
もし、この○○であれば、を突き詰めてしまうと、劣等コンプレックスのさらに先の
特殊な心理状態、優越コンプレックスに踏み込んでしまうことになります。
優越コンプレックスとは?
劣等感を受け入れることができず、
AだからBできないという劣等コンプレックスも我慢できない。
そんなダメな自分を受け入れられない人は、
もっと楽な方法で自分の満足度を高めようとするのです。
それが優越コンプレックスです。
優越コンプレックスとは、
あたかも自分が優れているかのように振る舞い、偽りの優越感に浸ることを指します。
この優越コンプレックスには権威付け、自慢、不幸自慢などがあります。
そして、このどれもが歪んだ方法で他者から認められたい、
特別な存在でありたいという承認欲求からくるものなのです。
学校現場を例にあげるのならば
・同じような服装やアクセサリーなどで、友達との一体感や仲間意識を必要以上に誇示する(権威付け)
・自分の功績・仕事・学級経営などの良い面をことさらアピールしてくる。(自慢)
・自分のクラスの問題児や自分が置かれた不遇な状況を声を大にして嘆く。(不幸自慢)
などがあり、これらは全て劣等感の裏返しの行動であって、
本当に実力や能力がある人は決して取らない方法なのです。
正しい人生を歩むためには、
自分や親しい同僚、そしてクラスの子ども達が
劣等コンプレックスや優越コンプレックスに陥らないように注意していく必要があるでしょう。
結論:劣等感との正しい向き合い方
劣等感を味方につけよう
優越性の追求、劣等感、劣等コンプレックス、優越コンプレックスと話してきて、最後の結論です。
結論は「正しい劣等感をもって、劣等感を味方にすることで人生はプラスになる」です。
劣等感とは?の章で劣等感とは自らに下す価値判断のことなのだということを解説しました。
ここで大事なの「自らに下す」の部分です。
つまり、劣等感とは世間や他人が決めるのではなく、自分が自分に下す判断なのです。
冒頭で述べた、
会計の計算が苦手、板書の字が整わない
という私の劣等感も私が自分に下している判断であり、見方を変えれば、
大らかな性格であるとか、文字を上手に書けない子の気持ちに寄り添うことができる
という価値判断を下すことも可能なのです。
このように自分の特徴や能力、性格を長所とみるのか短所とみるのかは自分の手で選択可能なのです。
ですが、それでも全ての劣等感を消し去ることは難しいかも知れません。
逆を言えば、それだけ人間という生き物は欠点を探すのに長けているとも言えるでしょう。
しかし、そんな時こそAだからBであるという劣等コンプレックスに逃げ込むのではなく、
AだからBである、だからこそCする。
という劣等コンプレックスの先に進まなくてはなりません。
大事なことなのでもう1度言います。
劣等感を感じたときにもつべき感情の公式は
AだからBである、だからこそCする。です。
また例を挙げて説明すると
・文字を書くのが下手だから、板書の字が整わない、だからこそ放課後の5分間で板書の練習を行う。
・細かい計算が苦手だから、会計の計算でミスをする、だからこそミスしないような仕組みを考える。
・やることが多すぎるから、仕事が終らない、だからこそ仕事の取捨選択や優先順位を見直して効率化を図る。
このように劣等感の見方を変えて味方にすることで、
成長するための促進剤、バネにするのが最も健全な劣等感との付き合い方と言えるでしょう。
自分に対して劣等感を感じているのであれば、大いに結構。
大切なのは自分の劣等感に気付いたときに
・劣等感の見方を変えて、それを長所や別の価値に変換できないか
・現状に満足せず一歩でも前進する、もっと幸せになろうとするために劣等感をバネにする。
この2つをあなたが理解し、劣等感に立ち向かう勇気を手に入れることができるかなのです。
終わりに
【アドラー×教育】劣等感を味方にすれば、子供もあなたも無敵になれる、いかがだったでしょうか。
劣等感は、大人も子どもも誰しもが一生付き合っていく存在であるでしょう。
だからこそ、早い内から劣等感との向き合い方を知ることは大きなアドバンテージになるはずです。
そして、自分や子ども達が劣等コンプレックスや優越コンプレックスに陥らないように注意しながら、
劣等感を味方につける勇気を持ち得るようにしていきましょう。
この記事を読んで、少しでも共感してくださったり、
私と同じようにアドラー心理学を教育に取り入れようとしたりしている方の参考になれば幸いです。
それでは今後もスマートな教員を目指していきましょう!
では、また。次の記事で Thank you